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芸能記者(ペン&カメラ) 志和浩司

AKB48劇場で再会した大島優子の涙は、どんな照明よりもまぶしくて

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AKB48卒業を発表している大島優子率いるチームKが、大島チームKとして劇場公演の演目をリニューアル。ウェイティング公演IIとして「最終ベルが鳴る」公演を再演することになり、2月20日、初日を迎えた。「最終ベルが鳴る」公演は2008年5月にチームK4thStageとして初演、当時この演目に出演していた現大島チームKメンバーは、大島優子と倉持明日香の2名のみだ(近野莉菜は同公演中に研究生から昇格)。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA2008年といえば、10月にリリースされた「大声ダイヤモンド」でAKB48が本格的な上昇気流に乗り始めた時期でもある。翌2009年には14thシングル「RIVER」が初のオリコンウィークリーチャート1位に輝き、その後もヒットを連発、2010年からはいよいよ”国民的”とも言われるブームを巻き起こしていく。

私がAKB48の現場取材から離れたのも、ちょうどそんな時期だった。劇場創設まもない頃から取材を続けてきたAKB48だが、2010年の春頃、あるご当地アイドルグループの取材をして欲しいと、当時まだ収入のメインだったニュースサイトの仕事で協業している人から直々に頼まれた。地元以外ではほとんど名前が知られていないグループということで、とても採算はとれそうになかったが、一度現地へ取材に行ったら、まだ芸能の「げ」の字も知らない子たちが、ただひたすら一生懸命にアイドルをやろうとしている。その子たちを見ていると、劇場創設期のAKB48に感じたような思いが込み上げ、胸が打たれた。サイトの運営会社を会議で説得し、出張やコーナー設置に伴うサイト改修等の予算を獲得して、そちらに情熱を注ぐようになった。と言うのも、その時点で、もう自分などが取材しなくてもAKB48の情報はありとあらゆるメディアに取り上げられているし、勝手に”お役御免”のような心境に陥ってしまったのである。その反対に、スタッフのみんなはAKB48がブームになるにつれ興味を深めたようで、喜んで取材現場へ行ってくれた。よけいに私自身は、現場から足が遠のいてしまったわけだ。

OLYMPUS DIGITAL CAMERAしかしAKB48について取材対象として興味を失ったわけではないし、自分なりの切り口が見つかればいつでもみずから取材するつもりではいた。それに、AKB48はどんなに売れても、弱小メディアである私のところに変わらず親切に接してくれた。小さなメディアは、とかくバカにされたり、何事も後回しにされたりするのが普通なのに、それだけで感動的だった。スタッフの記事にもすべて目を通していたので、動向についても常に把握していた。やがて私自身は、AKB48の取材に出るときは、どちらかというと活動のメインストリームではなさそうな、地味な活動をしているメンバーに限り、たまにインタビュー取材をする程度になって行った。ブームの陰で、なかなか大手マスコミに取り上げられない活動を取材することに自分の役割を見出すとともに、そんな地味な活動の中にこそ、AKB48なるものを再発見できるのではないかと思ったのだ。

OLYMPUS DIGITAL CAMERAそれにひきかえ大島優子は、超のつく人気メンバーである。総選挙では前田敦子と常にトップを争ってきた絶対的な存在である。しかしその大島も、2009年の第1回選抜総選挙で前田に次ぐ2位に入る前までは、注目度はそれほど高いとは言えなかった。初の総選挙を目前に控えた時期、「ネ申テレビ シーズン2」のための取材会があったのだが、インタビューに答えるメンバーは「前田敦子」か「大島優子・宮澤佐江」の二択。前田はピンだが、大島は宮澤と(言葉は悪いが)抱き合わせだったのである。この時私は、迷うことなく、大島・宮澤を選んで話を聞いた。なぜかといえば、また私の悪いクセなのかもしれないが、前田敦子は自分などが話を聞かなくても多くの取材陣が寄ってくるだろう、という思いがあったのだ。

大島にインタビューして、その人となりから得られた感想は、下記URLの記事中にあるコメントの通りだ。

http://woman.excite.co.jp/News/column/20121125/Goorank_30923.html

OLYMPUS DIGITAL CAMERAこんなに才能豊かな女の子がいるとはAKB48も心強いな、これからしばらく大島優子に注目していこうと思った。しかしその直後、大島は総選挙で一気にNo.2の座に躍り出た。この時の順位は1位が前田、2位大島、3位に篠田麻里子、4位渡辺麻友、5位高橋みなみ、6位小嶋陽菜、7位板野友美、8位佐藤亜美菜、9位柏木由紀、10位河西智美…と続く。そうそうたる面々を抑えての2位。しかも得票数で3位以下に大差をつけていた。

AKB48の隆盛とともに輝く星となっていった大島優子は、私にとって、とても縁遠く感じられた。またまた悪いクセなのかもしれないが、私などが注目しなくても世間が放っておかないだろうから……と、大島のことは頭から外すことにしてしまったのだった。

OLYMPUS DIGITAL CAMERAそれから数年が過ぎ、今回、実に久々にAKB48の劇場公演(ゲネプロ)をみずから取材した。グループからの卒業を控えた大島優子が、大島チームKとして卒業までの残り少ない日々、最後の劇場公演を務めるのだ。紆余曲折あったが8年以上のお付き合いになるAKB48が、いったい何ものなのか、もう一度、劇場に行って確かめたくなった。それとともに、AKB48の現場取材に”復帰”することで、私自身も原点に立ち返って、足元から自分自身を見つめ直したい気持ちがあった。

ステージに出てきた大島優子は、楽しそうだった。本気で笑い、本気で気合いを込め、本気でおどけ、本気で泣いていた。

なんだ、私の知っている大島優子じゃないか。変わっていなかったのか。

いや、売れたことで「物理的には遠のいた」のかもしれない。しかし、AKB48劇場のステージに立った大島は、遠いようで近かった。希望に燃える目で仕事について語ってくれた2009年のインタビュー時から、大島の、前に進む気持ち、それを外に向けて伝えていく気持ちに、変わりはなかったからだ。

最後の劇場公演。時折、大島は感極まった表情で、目にうっすら涙をためているように見えた。そして、メンバーたちとの絆をテーマにした「支え」を歌唱したとき、ついに涙がこぼれ落ちた。いつも誠実で本気な人の涙は、汚れを知らない。美しい光景だった。

そこにAKB48があり、大島優子がいた。遠のいた存在などではなかった。

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【写真特集】http://www.flickr.com/photos/kojishiwa/sets/72157641271638853/

【公演概要】大島は「大組閣前に大島チームKとしての結束を固めるため、メンバー全員チームK魂を持ってレッスンを重ね、本日初日を迎えました」とあいさつ。「ごめんねジュエル」を歌った前田亜美、近野莉菜は、初演時まだ研究生として同曲のバックダンサーをしていたと振り返り、「こうしてユニットとして前で歌えることになるなんて思わなかった」と感慨深い様子。また、ドラフト生として初の劇場公演デビュー曲となる「狼とプライド」は、12歳同士のナマイキッズ(自称)の2人が緊張しながらも元気いっぱいに可愛らしく披露。「16人姉妹の歌」では、大島チームK用に改めてAKB48総合プロデューサーでもある作詞家の秋元康が作詞し直し「19人姉妹の歌」とタイトルも改められ、大島チームKメンバーの個性豊かな面々が歌われていた。「回遊魚のキャパシティ」では独特のコール‘キャパキャパキャパキャパキャパシティー!’が場内に響き渡り、「事前に(ファンの)みなさんに演目をお知らせしておいてよかった」と大島も笑顔。倉持も懐かしさがひとしおといった面持ちだった。

【出演者】阿部マリア・内田眞由美・大島優子・北原里英・倉持明日香・島田晴香・鈴木紫帆里・近野莉菜・中田ちさと・永尾まりや・平田梨奈・藤田奈那・古畑奈和・前田亜美・松井珠理奈・武藤十夢

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