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芸能記者(ペン&カメラ) 志和浩司

ヒロシです。8年ぶり単独ライブをやります。

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お笑いタレント、ヒロシ。41歳になった。生まれは福岡県大牟田市。福岡の吉本興業に3年所属した後、東京へ。やがて「ヒロシです…」で一斉を風靡した。一躍ブレークの後に急降下の低迷期を経て、8年ぶりに単独ライブ(『泥水』11月2日・3日 新宿シアターモリエール)を行う。売れていた頃に何があったのか、人見知りだという彼の初めての恋愛はいつだったのか?…その”人となり”について、いろいろ聞いてみたくなった。

写真・文/志和浩司

■想像を超えた低迷期 周りの扱い方が変わった

最後に単独ライブをやったのは2005年あたり?

そうですね、テレビに出まくってた頃ですね。8年ぶりです。

2003年頃、お笑い番組「エンタの神様」(日本テレビ系)に出て、そのあと2004年ですか、「笑金」(「笑いの金メダル」テレビ朝日系)で人気に火がつき、どんな感じでした?

スケジュールが詰め込まれていましたね。売れるためにお笑いをやってきたので当然嬉しかったんですけど、すごく慌ただしくてなかなか慣れない環境でした。

何時に寝て何時に起きていたんです?

決まってはいませんでした。24時間ずっと何かしらをやっていた印象だったな。よく、売れている人って眠る時間がないって言うじゃないですか? 自分の場合は、そこまでではなかった気がするんですけど、ただ、普通に仕事がいっぱいある。テレビの収録の合間にちょっとタバコを吸うぐらいの休憩が入ることがあるんですよ。その時をめがけて取材が入ったり。「ああ、タバコ吸いたいなぁ」っていう時にまた取材、それから移動してまた収録…。なんかそういう風にビッチリ仕事を押し込められてる気がしましたね。

家に帰ってからは解放されるんですか?

ネタを作っていましたね。当時は、3回くらい同じネタをやったら新しいのを作っていました。僕はあまり量産できないのですが、結局、夜はそんなに眠らずにネタ作りをやるという感じでした。

ネタを考えるパターンとかあるんですか?

その時その時で違いますね。必要に応じて考えてはいるんですけど。たしか、売れる前なんかは月に20本くらいライブに出ていたのかな。急いで売れないと、と思ってたので。でも、その当時は5分くらいのネタを月に1本考えて改良していくくらいのペースでやっていて。ネタ見せに受かったらライブに出られるから、それに合わせて作ってました。普段からケータイにメモったりしてました。嫌なことがあったらメモって、ネタにできないかと。

嫌なことがあった時にメモる?

そうです。人と対峙すると嫌なことってあるじゃないですか。「あれっ?」ていう時。使えるかわからないけど、とりあえずメモるっていうのをやって。

その後、低迷期が来ました。

実際に労働も減り、精神的にはきますよね。一回持ち上げられている分、落差が激しくて。もちろんわかってはいたことなんですけど、売れていない時と売れてからでは周りの扱い方が変わりますし。やっぱり、テレビに出なくなったらまたいろいろ変わるんだろうなっていうのは、ブレークしている時に薄々はわかっているわけです。でも、思ったよりもくるな、という。こんなにキツイもんなんだっていうのを感じましたね。

予想していたんだけれど、想像以上だったと。

そうですね。初めての経験なので、一発屋になるというのは。自分が思った以上に精神的に来ました。仕事の本数が減っていくのはしょうがないんですけど、あからさまに減っていくので。やっていることは変わらないわけじゃないですか。

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■「笑金」が売れたきっかけ 親しくない人が電話をかけてきた

「笑いの金メダル」について聞かせてください。

決定的に僕の顔が売れたのがあの番組、あれがなかったら僕は売れていなかったと思います。インタビューしてもらったり、人と話すと「『エンタの神様』見てました」ってすごく言われるんですけど、僕、じつは「エンタの神様」は2、3回しか出たことがないんです。だから、「笑金」っていうワードが出たのは、今日が初めてですよ。「笑金」には毎週出てました。最初に「エンタの神様」に1回出た時は、全国区で注目されているネタ番組だから、1回出ればきっと売れると思っていました。その直後、吉祥寺かどこかでライブに出る機会があって。僕は当時ネタをやるのに、ラジカセ持って自分でBGMを流していたんですけど、テレビでも同じようにやって。で、終わってラジカセを持って帰るんですけど、誰からも「テレビで見た」と言われないわけ。おかしいなと思って音楽を流しながら歩いたけど、誰も気がつかない。その時、全国区の番組に1回出たくらいじゃ簡単には売れないんだなって気づいて。そうこうしているうちに「笑金」に出ることになったんです。

最初に出ると決まった時ってどんな感じでした?

家で「笑金」を見ていてオシャレに感じていたんです。カッコいいな、とにかくこの番組に出たいなって。そう思っていたところへのオファーだったんで。

出たいという思いは表明していたんですか。

とくには何も言ってませんでした。出たいとは思っていたんだよな、強く。それで話が来て1回出て、「ヒロシです」のネタをやって。

最初に出た時はどうでした?

半端な緊張じゃなくて。ただでさえ人前に出るのは苦手で。ネタをやった後、くりぃむ(くりぃむしちゅー)さんと三宅裕司さんとのちょっとした絡みみたいなコーナーがあるんですけど、確かそこで三宅さんが褒めてくださったんです。「ヒロシです」のネタが好きだ、みたいに言ってくださって。はっきりとは覚えてないんですけど、「また来週も来いよ」みたいなことを言われて。だから、くりぃむさんと三宅さんのおかげで売れたっていう感じでもあります。

ヒロシさんからご覧になって、三宅さんとくりぃむさんはどういう方ですか。

僕は本当に人見知りなんで、ペラペラしゃべりかけたりっていうのができないので、あまり深い関係にはなれなかったですね。僕が一方的に変な気を遣いすぎるので。

ブレークして、お金も儲かった?

お金の面は全然でしたけど。最初は本当にちゃんとギャラもらえるのかなって疑っていたくらい。なぜかわからないけど、遅れて入ってきますね。その仕組みは未だにわからないですけど。変な話、一年遅れとかありますからね。3ヵ月後っていうのが割と多いみたいなんですけど。その3ヵ月後っていうのは何なんだ、入金されてプールされる期間なんじゃないかと思って。これは定期預金に入れてるなって考えて。3ヵ月って一番短い定期預金じゃないですか。たぶん、そうなんじゃないかと思って(笑)

忙しくなっていくにつれて、周りの人間関係はどうでしたか。

やっぱり、売れ始めるとそんなに親しくない人がやたらに電話をかけてくるようになりましたね。本当にこういうことってあるんだなって。同級生とか。僕はあんまり人と関わりを持たないようにして生きてきたので、友達と言える人が少ないんですよね。限られた人と深く付き合うタイプなので。でも、そういう時って親しくない人の方が余計に連絡をくれるんだなって思いましたね。本当に親しい人はそういう時に電話をかけてこないんですよ。後から会って聞くと、あの時に連絡するのは迷惑なんじゃないかと思っていたとか言ってくれて。友達だったらそういう風に考えるんですよ、売れたから連絡したと思われるんじゃないかって。人間として当たり前のことかもしれないけど、そういうことを考えられる人たちだから。ただ、仲良くも何ともなかった人が毎日電話をかけてくるから、いやいやいや、どうかしてるだろうと。こっちは特にしゃべることなんかないわけですよ。「あの人はどうなの?」とか、「今日は何してたの?」とか聞かれても、知らないよっていうね。それで僕は電話番号を6回くらい変えましたもん。で、親しい人にはまた教えるんですけど、そうするとどこで漏れるのか、また大して仲良くないやつからかかってくるようになって、面倒くさいなあと思って。

有名税というか。

本当に、その神経がわからない。たぶん、そうやって電話番号を変えたりしたら悪く言ったりしてるんでしょ、おそらく。あいつは変わったとか。何も変わってないんですけどね。

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■モテたかった子ども時代 女子との思い出

学生時代はどんな人だったんですか。

小学生の時は毎日同じ人としか会わないから意識しませんでしたけど、大学に入った頃から自分は人見知りだということに気づいて。社会に出るようになって、自分はコミュニケーション能力が人より劣っているんだなっていうのを感じるようになりました。小学生の時から、そういう気質はあったと思うんですよ。ただ、感じる場所が少なかった。たとえば、いとこがお盆とか正月に来ることがあるんですけど、その時にうまくしゃべれない。今振り返ったら当時から人見知りだったのかな。居間にいとこが集まっていても入りづらいし、入ったところで何をしゃべったらいいか。小学校の時に、いとこと地元の遊園地に行ったんですけど、一言もしゃべらなかったもんな。

しゃべろうともしないんですか。

何なんですかね。しゃべろうともしてないのかな。でも、「なんでこいつしゃべんないんだ?」って思われてるんじゃないかって思いはあるわけですよ。だからしゃべった方がいいんじゃないかっていうのはあるんですけど、何をしゃべったらいいかわかりませんでした。

女性とはどうでしたか。

もちろん女の人ともあまりしゃべれなかった。だから僕、小学生の時に一回だけ女の子と会話した時の内容を覚えていますからね。

どんな内容ですか。

小学生時代は、毎年冬に凧揚げ大会があったんです。それで放課後に教室に一人でいて凧を持って帰ろうとしたら、僕の凧を見て、女子に「これ何の絵を描いてあるの」って聞かれて。僕は「まことちゃん」が好きだったから、まことちゃんのマッチョメマンというキャラクターを描いていたんですね。で、「マッチョメマン」って答えたっていう。小学校の5年生か6年生の時ですね。

「まことちゃん」はどういうところが好きなんですか。

小学3年生の頃、漫画家になりたいなって漠然と憧れていたことがあったんです。楳図かずおさんの「まことちゃん」とか「へび少女」とか、ああいうのを読んで、これは面白い、自分もこういうのを描きたいって。楳図さんが好きでしたね。

楳図さんご本人とは芸能界に入ってからお会いしたことはありますか。

ないです。

会うとやっぱり緊張しちゃいますか。

どうでしょうね。

思春期の恋はどうでしたか。

結局、学生の頃に女の子と何かあるというのはモテる人だけに許される特権なわけですよ。特に小中時代なんかは。明らかにモテるグループ、普通のグループ、モテない冴えないグループというふうに分かれるじゃないですか。僕なんかはモテるどころか、ずっと冴えないグループに属していたので。モテる男女のグループ同士で休日に遊んでいるのを見て、コソコソ隠れる、みたいな生活をしてましたよね。小学生の頃からモテるグループの男子とモテるグループの女子は遊んだりしてるわけですよ。休みの日にすれ違うと、どういう顔をしていいかわからなかったです。輝かしい雰囲気の同級生を見ると、俺はなんでこんなところで一人で…っていうみすぼらしい気持ちになるんですよ。それで、会わないように避けたりとか。

中学生になってからも?

中学生になると、付き合い始める男女も出てくるじゃないですか。それも結局、すごくイケメンとされている人か不良か、サッカー部のキャプテンクラスの人じゃないと無理なことだから。モテない男子には無理な恋愛という。一方的な片思いとかは別にいいでしょうけど。僕はそういう時に、将来芸人になって売れてモテまくるから今はいいやと思って、無理やり悩みを解消してきたんです。

部活はやっていたんですか。

絵に興味があったから中学生の時は美術部に入りたくて。でも、先生に女子じゃないとダメだって言われて。男は騒ぐから、美術部に入れるのは女だけって。よくわかんないけど、しょうがないと思って。僕、運動が元々嫌いだったんですけど、その頃、バスケット部に入ると背が伸びるという噂を聞いたんです。背が高い男がモテるというのは薄々気づいていたので、バスケ部に入ったんです。でも、元々バスケなんか興味がないし、練習はハードだし、それに、気づいたら僕は学年で一番背が小さかったんです。中2の時、学年で一番のチビになっていて。その時に、なんだこれ?と思って、元々興味がなかったから急いでやめて――というか、やめさせられたんですけど――背が小さいとモテないのが確定になると思っていましたから、毎日牛乳を飲んだりしてましたね。そうしたら、高校くらいで身長は普通になったのかな。とにかく俺は大人になってモテなきゃいけないんだっていうのを強く考えていました。その時にモテるというよりも、将来モテるための準備に余念がなかった。

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■初めての彼女は高1の時 仕事に役立たなかったホスト生活

学校の成績はどうだったんですか。得意な教科とか。タイプ分けすると、文系?理系?

とりあえず数学が苦手で、だから文系なのかな。大学も文系に行きましたからね。成績は、自分では普通だと思ってたんですけど、いつか実家に帰って通知表を見た時に、普通よりちょっと悪いくらいだったっていう。僕は、いつも少しだけ自己評価を間違えるのが課題なのかなと思っていて。東京に来たばかりの頃にコンビニでバイトをしていたんですけど、僕は気を利かせてよく働いていると思ってたんです。でも、売れてからそこのコンビニにロケに行って話を聞いたら、バイトとしての僕の評価が低かったんですよね。最初はテレビ用のコメントだと思ったんですけど、カメラが回ってない時でも「あんまり気が利かなかったよね」って。なんだろう、いつでもやっていることが自己評価よりちょっと下なんです。

はじめて彼女ができたのはいくつくらいの時ですか。

高1ですね。僕の学生時代は不良がモテていたんです。だから中学生の頃は高校に入ったら不良になろうと思っていた。とりあえず見かけだけ不良になっておけばモテるだろうと。で、高校時代はパーマをかけて、当時でいう改造学生服を着用して学校に行って。今考えるとおかしいですけど、ソリコミを入れていたらモテるという。その時は、モテるってこんなレベルのことなんだって感じましたよね。まあまあモテて、お付き合いしてくださいと言われて。ただ、不良の格好をしていたのはいいけど、本物の不良もいっぱいいるわけですよ。通学する時は他校の不良にもいっぱい会うわけです。僕は本物じゃないので、それが耐えられなくて。女の子とは、そのくらいの時期に一回付き合ったのかな。でもバレるわけです、この人は不良じゃない、何かが違うって。1週間くらいして気づくわけですよ、女の子も。そうしたらもう、振られて。

ブレークする3年ぐらい前、28歳の頃にホストをしていた時期があると思うんですけど、不良の経験は役に立ちましたか。

不良じゃないんですよ(笑)。見た目だけ。ファション不良ですよね。陸(おか)サーファーならぬ”陸不良”みたいな。もともと不良は陸にいますけどね。だから、ホストになっても役立つことはなかったですね。僕がホストをやっていた頃は元不良が多かったから、そういう人たちは何かしらで役に立てていたのかもしれないけど。

ホストとしては人気がありましたか。

ヘルプとしての人気はあったんです。指名されているホストがいて、そこのヘルプにつくという。お客さんと指名されたホストが話しているそばでお酒を作って。盛り上げ役としては重宝されていましたけど、いかんせん僕が指名をもらわないと1円にもならないんで。毎晩どれだけテーブルにつこうが、どれだけ飲もうが、1円にもならない。だから、利がないという。普通にしゃべっている分には、おいでおいでと言われるぐらいの感じなんですけど、割に合わなかったですね。

「芸能の世界でやっていくんだ」みたいな、強い気持ちを感じたきっかけみたいなものはありますか。

元々、ホストはアルバイト感覚で、単純に僕はコンビニのバイトと同じ感じだったわけですよ。そうしたら、週に5~6日夜から朝まで働くというので、お笑いなんかできない状況になって。元々、お笑いをやりに東京に来たのに店には出なきゃいけない、辞められないっていうんで渋々やっていただけで。ずっとお笑いをやりたいっていう気持ちはあったんで、辞めましたけどね。

ずっとやっている趣味とかはありますか。CSで釣りの番組かなんかやられてなかったでしたっけ。

それはもう終わっちゃったんですけど、釣りも割と最近ですね。6、7年前からですし。ずっとやっている趣味はないですね。小さい頃はプラモデルとか工作が好きだったんですけど。あと、僕はバンドがすごく好きなんですけど、格好だけ。何でも格好だけなんです。ああいう格好をしてモテたいっていうことで高校の時からやってはいたけど、練習なんかはしたくないわけですよ。たまに思いついてやることがあるんですけど、ずっとじゃないですもんね。僕は弾くこと自体は好きじゃないですから。格好つけるのが好きなだけで。

ヒロシさんの芸のバリエーションの中で、絵を描いてライフハックをやるっていうのがあると思うんですけど。

絵は僕が描いたわけじゃないんです。

描く人が別にいて、それにのっとってフリップをめくるような感じ?

そういうのもやりましたね、仕事で。あれは別に僕が描いたわけじゃないです。

バリエーションをつけたいっていう意識があるんですか。

特にないです。あれは仕事として受けただけ。特に芸の幅を広げようと思ったわけじゃないですね。能力がないのかもしれないけど、僕はあまりそういうことをやらないんです。だから、今度の単独ライブではそういう面も見せていけたらいいなっていう風に思っていますね。

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■8年ぶりのライブ 誰も見たことがないことをやる

今回8年ぶりの単独ライブということなんですが、新しい芸のバリエーションを見られると。

そうですね。基本的に僕、「ヒロシです」だけなので。1時間半くらいはやるのですが、「ヒロシです」はその中の4、5分だと思います。結局、ほかは今までと全部違うこと、誰も見たことがない感じのことをやることになるので。

チケットはどうですか。結構、話題になっていますよね。

誰か100枚くらいまとめてチケット買ってくれないかなって(笑)。テレビに出ている時と出ていない時の違いがありますから。8年前は、単独ライブに人が入れないってケンカが起きてましたからね、会場の外で。人が倒れて救急車が来たりとか。いまなら入れるのにね(笑)。

どんなお客さんに来てほしいとかありますか。

タイトルが「泥水」ということで、子ども時代から今まで、味わわなくてもいい感じの不条理なことを味わってきたんですね。たとえば、学校の先生からいじめられたりとか。

先生から?

はい。小学校の時。でも、そういう人って結構いるんですよね、普通にしているのに追いやられるというか、割と図々しい人の方が幸せになったりするんじゃないかとか、僕は小学校の時からずっと思っていて。そういう不遇な人たちが共感できればいいなと思っています。もともと「ヒロシです」というネタをやる時のキャラクターも、そういう意識がなんとなく裏テーマとしてはありましたし。ダイレクトにそういう人たちを擁護するような内容はやらないんですけど、どこかで僕もそういうことを考えたことがあるとか思ってくださる人に来ていただくのが一番理想です。けど、チケットを買ってくれれば、どなたでも大歓迎です(笑)。

ライブをやった後の展望はありますか。

もちろん、今はこれ以外のことを考えられないというね。オナニーの回数も減りましたしね。それぐらいでないと僕、ダメなんで。で、つまんないと思われるのが僕は嫌なんです。ヒロシは一発屋だからつまんないと思われるのは嫌なんですよ。「ああ、一発屋って言われているけど面白いじゃん」っていうのが格好いいと思ってるんで。

今はヒロシさんを支えている女性とかいないんですか。

彼女はいないんですよね。

ここんとこ、ずっといない感じなんですか。

2年前にはいましたけど。

最後に、ヒロシさんの理想の女性像をお聞かせください。

僕は41歳で、もうすぐ42になるんですけど(1972年2月14日生まれ)、独身なんですよね。昔は、爪が長くて派手な女とか、色が黒い女、痩せた女、優しい女とかああだこうだあったんですけど、ここまで独身でいると何がいいのかすらわからなくなってきて。たぶん、理想の女性像は結婚を視野に入れて考えられる女性だと思うんですけど、僕、独身じゃないですか。結局結婚せずにいるというのは、理想の女性に会っていないわけでしょ。何が理想かわからなくなっているんですよ、もう。長年一人だったから。

じゃあ、次に現れた女性が?

…っていう風にもならないんです。40年生きていて、なかなか難しいものがありますよね。僕のわがままを聞いてくれる女かっていったらね、それがいいとは限らないし。わかんないですね。

公式サイト:http://hiroshi0214.com/(ヒロシの部屋)

公式Twitter:https://twitter.com/hiroshidesu0214

■ヒロシ単独ライブ「泥水」

11月2日(土)・3日(日)新宿シアターモリエール

11月2日(土) ①13:00開場、13:30開演 ②19:00開場、19:30開演

11月3日(日) ①12:30開場、13:00開演 この回のみトークライブ(ゲスト:プー&ムー、スパローズ) ②19:00開場、19:30開演

※単独ライブ:前売り4000円、当日4500円、トークライブ:前売り2000円、当日2500円

※チケットのお求めは、ローソンチケット(http://l-tike.com/

Lコード:2日(土)の公演…34894、3日(日)の公演…34896

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Written by 志和浩司

2013/10/23 @ 6:32 am

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