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芸能記者(ペン&カメラ) 志和浩司

世界は僕のCUBEで造られる

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OLYMPUS DIGITAL CAMERA写真・文/志和浩司

まつだ壱岱さん作・演出「世界は僕のCUBEで造られる」(2012年11月20日~26日・吉祥寺シアター)。私は11月25日の夜公演を観劇した。

主人公である「僕」は、CUBEというドラッグでみずからの心の中へ入り込む。そこには自分自身を構成するさまざまな要素がCUBEの住人という「もう一人の僕」として存在する。愛と平和のCUBE「ラブ&ピース」、堕落のCUBE「怠慢」、孤独のCUBE「ムーンチャイルド」、案内人「キューブマスター」etc.…「僕」は心の中を旅して自分を発見しながらも、彼らとの葛藤に巻き込まれていく。

そう言えば子供の頃、自我が形成されていく過程で心の中に架空の友達をつくる人は多い。イマジナリー・フレンドというやつだ。私も小学生の頃、毎日の通学路でイマジナリー・フレンドと対話をしたり、戦ったりしていた記憶がある。よくよく考えてみると、それは自身の内奥にあるもう一人の自分だったり、自分を構成する一要素だったりする。ある意味、CUBEの世界ではないか。普通は大人になるにつれ消えて行くものだが、自己の内面との対話や葛藤は自分が自分である限り生涯続いていくものではないだろうか。

この舞台、結末がSide-A、Bの2種ある。私はこういう場合、たいてい片方しか観ない。一期一会を大事にしたいから。コンサートも同様で、ディープに堪能するには同じツアーに何度も足を運ぶべきだろうが、近年はそういうことをしない。かつて某アーティストの全国ツアーのほとんどを制覇したこともあったが、結局コンサートとして印象に残っているのはそのうち一公演だったり。観過ぎたがために、かえってインプレッションが薄らいだ苦い経験もある。人生のほぼ同時期に何度も同じ公演を観ることが、かならずしも作品を深く観ることにはつながらないと思っている。興行側からしてみたら、私のような客はあまりおいしくないかもしれないが、真剣勝負は一回斬られればそれで終わりで、次は無いのだ。

実はこの日、ある方に事前にチケットをおさえていただいていたのだが、仕事が押してしまって、吉祥寺駅に到着したのが開演5分前。カミさんともども運動不足の肉体に鞭打って、ダッシュ! ”全力夫婦”が劇場に到着したのが開演時間ジャスト! 残念なことに、開演してしまったということで、チケットはもう他のお客さんに流れてしまった後だった。せっかく予約してくださった方に申し訳ない気持ちでいっぱいになったものの、とにかく何が何でも舞台を観なければ。立ち見なら問題なしとのことなので、気を取り直して2階バルコニー席の脇の立ち見スペースへ急いだ。

しかしこのアングル、なかなかの絶景だった。1階席を含め劇場のほとんどを斜め俯瞰でき、「角」で構成される独特なCUBEのセットをきわめて立体的に観ることができた。ダンス場面のフォーメーションも、よくわかった。これはこれで、不幸中の幸いだ。

最初は立ち見で約3時間、足が痛くなっちゃうんじゃないかなとも思ったが、とんでもない。インナーワールドを旅する「僕」とCUBEの住人たちのしっかりした芝居がグングンものすごいスピードで時計を進めてくれる。ここまでリズムのいい舞台は、久しぶり。台本、演出、演技、すべての要素が、そう、作品を構成するCUBEのように結末まで引っ張って行ってくれた。

この舞台、配役がきっちりハマッている。伊崎央登(座長)、伊崎右典という元FLAMEの双子のイケメン兄弟が物語にうってつけのキャスティングであることは言うに及ばず。「僕」を央登、「彼(欲望のCUBE)」を右典というのはいささか出来過ぎの感もあるが、出来過ぎで悪いことはない。他のキャストもすべてハマッて見えたのは、それぞれに作品を構成するCUBEとしての役割を果たしていたということだろう。

私的に久々に彼女を観たので懐かしかったのが、戸島花。実はこの舞台に出ているのを知らなかったので、本当にビックリした。AKB48は創設まもない頃から取材しているが、戸島はその当時在籍していた初期メンバーの一人。向こうは覚えちゃいないだろうが、こっちはしっかり覚えている。数多くのメンバーの中で印象に残るメンバーだったからこそ、覚えているのだ。彼女はこの舞台で、理想の恋人のCUBEであるチカを演じたが、言葉は乱暴だし、殴る蹴るが当たり前。だが「僕」の理想の彼女なわけで、本当は「僕」が大好き。その屈折具合が、たまらなくいい。こういう役は初めてだったそうで、最初は戸惑ったとブログに書いているが、とてもそうは思えない暴れん坊ぶりがツンデレ的で可愛かった。

滑稽のCUBEピエロを演じた田所治彦は、「MOSH」で図師光博とのコンビを過去2度ほど見ていた。表情が豊かというよりも、顔も体も物理的に柔軟そうな人だなぁ、というのが第一印象だった(実際はカタかったらごめんなさい)。これは悪口ではなくて、作品に対して構えない、役柄に対して構えない、観客に対して構えない、そんな、ふところに入りやすい俳優なのではないかと私は感じている。そして実は、この人の声が好きだ。単に声の大きさという意味ではなくて、作品を、劇場を、支配できる艶のある声の持ち主だと思う。

そして2日間だけの客演だが、修復のCUBEナイチンゲールを白衣姿で好演したのが小川麻琴。さすが、彼女はスターだ。スターというものは、たとえ一瞬でもその場に何かを残す。この日は終盤、可愛い振り付けを披露してまもなくシリアスなセリフを発する場面があったのだが、そのスイッチの速さに非凡なセンスを感じた。けっして出番は多くはないのだが、ナイチンゲールの役どころはシリアスな舞台に温かみを添える大切な役。観ている側をホッとさせてくれた。舞台の良さは、演じる側と観る側との一体感。ライブはみなそうかもしれないが、この日も小川麻琴の次回作のPRをはさむなど、随所に肩を凝らせない演出が見られた。

もう一人、キャストで言及しておきたいのが記憶のCUBEミスブレインを演じた、クシダ杏沙。この舞台には途中、10分ほど休憩が入ったのだが、その時、なんと脳みその被り物姿のまま立見席までやってきて、「お疲れさまでございますね、大丈夫でしょうか」などと声をかけてくれた。満員の劇場をザッと見渡しても、立ち見は私たち”全力夫婦”ぐらいしかいなさそうだったので、もしかしたら結構目立っていたのだろうか。

日替わりで、夢みるアドレセンスの荻野可鈴もナイチンゲール役をやっていたのだが、今回は残念ながら観に行くことができなかった。視線の強い子なので、きっと印象に残るCUBEを演じていたことだろう。

「世界は僕のCUBEで造られる」は、観る側もCUBEの住人となって、舞台に自分自身を投影させ、同時進行で自身のインナーワールドを旅する…そんなアトラクションのような体験が出来る。なるほど、足が痛くならないわけだ。飽きないわけだ。

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Written by 志和浩司

2012/12/07 @ 4:04 pm

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